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[2010/12/15(水) | 部報桐第29号 (2010年夏) OB談 はコメントを受け付けていません。 | ]

現役の皆さんが毎年2回発行してくれています部報、桐に掲載をしています、OB談を、Web上に掲載していこうと思います。今回は、2010年夏の2名です。

■林 (平成13年度卒業)
私は4年まで応援団桐葉(今は応援部に改称)に所属しており、五大学、東日本新人、インカレ応援と年に3回ほど戸田へ応援に行っていました。それが何故、漕艇部に入ることになったのか?
きっかけは私が4年生の冬にあった体育会納会でのこと。当時の杉田主将から、「翌朝一緒に練習しませんか?」と誘われ、気が付けば、部員として一緒に新入部員の勧誘を行うようになっていました。(因みに、私はその時既に翌年も大学に残ることが決定しておりました)応援団と漕艇部との橋渡し役になれたら良い、などと考えておりましたが、その後五大学レガッタ応援やインカレ応援が定着したこと、漕艇部の中に「コーラ練」(後輩がコーラを飲みたいと言った場合、自販機で売切れになるまで買ったコーラをすべて一気飲みするというもの。他に「オロC練」などがあります)の文化を伝えることができたこと等、短い期間でしたが、5年目の大学生活を充実した形で過ごせたのも漕艇部あってのことだと、杉田主将に感謝しています。
最後に、社会人となった現在でも、会社のボート班の活動を手伝うために、しばしば戸田を訪れています。現役部員の中で就職の相談をされたい方がいれば、是非お声掛け下さい。会社では人事部に所属していますので、多少のことは・・・。(確か、私もそうやって当時の漕艇部の監督に相談?させてもらった結果、今の会社に入社できました)

■篠岡(平成18社会工学類卒業)
私ごとで恐縮ですが昨年7月に“師匠”と入籍し、12月に式を挙げました。本来であれば皆様の前できちんとご報告とお礼のご挨拶をすべきなのですが、最近は仕事が忙しいこともあり、戸田に顔を出せていない状況が続いており大変申し訳なく思っております。不本意ではありますが、妻が我が家の代表として時に失礼な発言等しているかと思いますが、それが彼女の愛嬌ですので無礼をお許しください。
せっかくこのような機会をいただけたので、現役選手に一言。
ぜひ「筑波らしさ」で勝負をしてください。筑波大学は他の大学と同じことをやっても残念ながら勝てません。それは練習量も、練習内容も、細かく言えば漕ぎ方一つとってもです。今の筑波大学漕艇部の武器は何ですか?いくつ思い浮かびますか?昔話の説教みたいで恐縮ですが、私の現役時代の筑波大学対校フォアは武器を沢山持っていました。まず、どこの艇よりも、美しくすべるように艇が動いていました。それはパドル時でもコックスの私が眠たくなる位に(笑)。体が小さくパワーが少ないクルーなので、マイナスは最小に。4年の時は、他のどのフォアを見てもウチより上手いとこは無い自信がありました。後は、スタートとラストスパート。スタートは自分が3年時の全日本選手権で、東レ滋賀から250m地点で並んでいたほどです。スパートはラスト400mで横に並んでいるだけで勝てる、いわば1600mでレースの勝ちを拾えるものを持っていたと思います(残念ながら最後のインカレは並んでいられませんでしたが)。1000mであればレート45位で押し続けることも出来ましたし、漕ぎのコンセプトが部内でしっかり共有できていたので、一人が欠けて他のメンバーが繰り上がっても、全日本級の大会で最終日は常に狙えるクルーが組める層の厚さもありました。メンバー数は今とそれほど変わりませんが、インカレはセカンドクルーが最終日に進み、サードクルーも準決勝目前でした。
エイトが全日本で準優勝した時ほどのインパクトはありませんが、まだ遠くない過去ですし、当時を知る人間が大学院に数名残っていることも踏まえて書きました。とにかく皆が嫌いなエルゴを沢山漕いだ世代だったかもしれません。エルゴのベストタイムで良いものを持っていればそれだけでアドバンテージですし、純粋に体力と向き合えますから逃げずに沢山取り組んでください。乗艇量を増やす=エルゴ量を減らす、では駄目です。エルゴに強い気持ちで向き合えた分だけ、筑波は戸田乗艇で集中出来るのです。入部した時、もやしみたいだった谷口が、インカレで日大をやっつけられるんですから(しかもパワー系の小艇で)。筑波らしい、頭を使った戦略でボート界に旋風を巻き起こしてください。期待しています。